●経緯●
父と2歳上の兄の影響で、物心つく前からボールを蹴る様になりサッカーを始める。
育成年代では全てのクラブでキャプテンを務め、U-17日本代表候補をはじめ様々な選抜チームにも選ばれる。
サッカーを始めた頃から「プロサッカー選手になる」という夢を持ち努力してきた。
だが、プロの道へ進む為の最後の年、早稲田大学4年次(2012年2月)、咳や息切れの症状を感じプレーすることが難しくなる。
複数の病院へ通い多くの検査をしたが原因がわからない。
一時は別の病気であると診断されていたほど、先生たちも決断が難しかった。
そして、最初の通院(2012年5月)から約半年後 (2012年12月)に肺の血管に血が詰まる「慢性肺血栓塞栓症」と診断される。
難病指定される一歩手前であった。
診断後、薬の服用が必要だった為、ドクターストップによりプレーすることができなくなる。
サッカー選手の夢を諦めなければならない状況であったが、国立病院機構岡山医療センターの松原広己医師に出会い、手術を行う(2013年9月)。
術後、大学サッカー部同期の学生トレーナーの協力のもとリハビリを行い、ファジアーノ岡山(当時J2)とヴァンフォーレ甲府(当時J1)の練習に参加。
2014年7月にヴァンフォーレ甲府に入団し、念願のプロサッカー選手の夢を叶える。
●想い●
病気を患いドクターストップも経験し、再びサッカーができるようになるのか、プロになれるのか、そもそも病気を克服できるのか。
今まで感じたこのとのない不安で押しつぶされそうだった。
だが、家族や友人をはじめ、自分には無償の愛をくれる人たちがたくさんいた(家族や友人の支え)。サッカー選手になるという夢があった(夢や目標を持つ事の大切さ)。小さい頃からサッカーを通じてお世話になっている監督・コーチ、育成年代から応援してくださっているファン・サポーターの協力や応援(スポーツの素晴らしさ)。
これらの要素があったから病気と闘うことができた。
もし支えてくれる人がいなかったら、夢がなかったら、サッカーをしていなかったら、病気と向き合うことすらできなかったかもしれない。
これらの経験は、他の選手には感じる事のできない、病気と戦った自分だけの経験である。そして自分だけの強みである。
その強みを伝えていくことこそが自分の使命であり、お世話になった方々への恩返しとなると考える。
サッカー(スポーツ)を通じて、仲間や家族・支えてくれる人たちの存在、目標や夢を持つことの大切さ、それらを達成することの喜び、スポーツの素晴らしさを伝えていきたい。
特に、自分の闘病経験を活かし、小児科病棟に入院する子供たちや、特別支援学校に通う子供たちの成長に寄与していきたい。